8月29日(月) 台風一過、所用、契約、事務所お別れ会2016年08月29日

 今日は、午前中は相変わらずの自宅の片づけ。12時前に妻と出て、郵便局、銀行などを回って所用を済ませ、うどんで昼食を取り、その後もさらに私だけで所用を済ませて旭川放水路として建設された百間川の堤防に上がってみました。夜来の驟雨と雷も治まり、まさに台風一過の青空が広がり、川は濁流でしたが田は稲の被害もなく、備前平野の恵まれた自然そのものでした。東日本の被害が甚大なものとならないように祈っています。

 15時過ぎに自宅に帰り、片付けの続きをしているうちに、16時前に息子の江田剛弁護士が来て、9月1日に行う新事務所の賃貸借契約書に連帯保証人として署名押印をしました。その後、新事務所の運営に付き、打ち合わせをしました。息子のお蔭で着々と準備が進んでいます。

 17時半に妻とともに自宅を出て、18時から2時間半ほど、江田五月会事務所のスタッフ全員でお別れ慰労会を行いました。いよいよ明後日で事務所は完全閉鎖となり、スタッフもそれぞれ別の道を歩むことになります。本当に長い間、お世話になりました。20時前に9月下旬に開業する江田法律事務所の所長となる江田剛弁護士が寄って、皆さんにお礼の挨拶をしました。

8月28日(日) 有田さん、片付け2016年08月28日

 今日は、11時過ぎに自宅を出て、11時半から3時間ほど、有田芳生さんと昼食を食べながら懇談しました。わざわざ東京から、私との自由懇談のためだけに来岡され、恐縮しました。私の足掛け40年の政治歴から、民進党の今後の役割、社会改革の方法論、そして陰謀史観に至るまで、話題は森羅万象に及びました。

 その後、自宅に戻り、荷物の片づけを始めました。まずは細部に拘るよりも大雑把に「断捨離」を旨とすべしと思いながら、なかなか前に進みません。

8月27日(土) 江橋さんら、昼食懇談、帰岡、台風2016年08月27日

 今日は、10時過ぎにホテルをチェックアウトして10時半前から1時間強、全国江田五月会会長の江橋崇さん、私の参院議長時代の議長秘書だった大西祥世さんらと、今後の活動の方向につき意見交換しました。

 さらに11時半から2時間ほど、今や唯一の東京社民連時代からの地方議員となった福馬恵美子江東区議らと昼食懇談をし、超大型台風が接近しているので、ちょっと早めに14時過ぎの新幹線に乗りました。

 ところが、静岡と掛川の間で大雨となったそうで、その前で30分ほど停止してしまいました。結局35分遅れで動き出し、その後も遅れは取り戻せず、18時過ぎに岡山駅に着いたのですが、当地は青空が広がって台風など何の気配もありませんでした。夜は久しぶりに自宅で江田鍋。

8月26日(金) 異動挨拶、ヌエック、男女共同参画フォーラム、赤松さん、ディスカッション、夕食懇談2016年08月26日

 今日は、10時前にホテルを出て東京メトロで参議院議員会館に行き、10時半から来客応対をしました。いずれも法務省の人事異動による退任挨拶で、まず稲田伸夫事務次官が来られて、暫時懇談しました。8年間の法務省勤務を終わり、仙台高検の検事長に異動です。続いて11時前に、黒川広務官房長が来られて、暫時懇談しました。事務次官になられて、引き続き省内勤務を続けられます。

 11時半前に議員会館を出て、地下鉄から東武東上線に乗り入れ、和光市駅で乗り換えて、武蔵嵐山からさらに送迎バスで移動し、13時半前に国立女性教育会館(http://www.nwec.jp/)(National Women’s Education Centerヌエック)に着きました。13時半から「男女共同参画推進フォーラム」のワークショップが始まり、まず男女共同参画関連で赤松良子さんの活躍を取り上げたNHKのプロジェクトXの放映があり、13時45分ころから1時間ほど、赤松さんの講演を聞きました。その後、控室で赤松さんや高木美智代さんらと懇談して記念写真を撮りました。

 その後、会場を変えて15時半から1時間弱、次のプログラムのパネルディスカッションに移りました。まず、87歳を迎えた赤松さんが元気にQの会代表として挨拶し、石毛鍈子さんのコーディネートで、上智大学の三浦まり教授、公明党の高木美智代さんと私で、「この秋『推進法』の成立にむけて」というパネルディスカッションを行いました。先の通常国会最終盤で超党派の議員連盟の結束が乱れて立法が頓挫しており、仕切り直しが必要です。

 16時半前に会場を出て武蔵嵐山駅に急ぎ、17時前の電車で池袋へ。さらに東京メトロとJRを乗り継いで、18時半過ぎに次の会場に着き、21時過ぎまで、連合本部の神津里季生会長、井村和夫局長と夕食懇談をし、参院選の感想から民進党の今後まで、幅広く意見交換しました。

8月25日(木) 全印刷大会、岡山県事務所、ヤフーニュース、夕食懇談2016年08月25日

 今日は、8時40分に出て、9時から1時間半ほど、全印刷局労働組合の第84回定期全国大会に出席しました。大会構成手続きに続き、梅原貴司委員長の大会招集理由を含めた挨拶があり、来賓挨拶に移って、連合本部の神津会長、公務労協の石原副議長、全大蔵の田村会長、ユニーの郷野事務局次長の挨拶がありました。そこから国会議員の顧問議員団に移り、団長の赤松広孝さんに続いて私が指名され、心からの思いを込めたお礼の挨拶をして、すぐに中座しました。その後、難波奨二さんらが続きました。

 難波さんの車に同乗して参議院議員会館に入ると、岡山県東京事務所の職員が挨拶に来られて、暫時懇談しました。

 昼食後、12時半から14時まで、ヤフーニュースの憲法に関する追加取材を受けました。先日は総論でしたが、今日は自民党の憲法改正草案の問題条項につき、具体的な質問を受け、「毛ばりのパーツの出来具合に付き、いちいち論評をする意味を認めない」としながら、踏み込んだ批判をしました。

 その後、ホテルに戻って雑用を済ませた後、17時過ぎに出て東京メトロを乗り継ぎ、民進党法務部門の階猛さん、井出庸生さんと夕食懇談をしました。お二人ともかつて東京大学の野球部で活躍し、最近の後輩たちの活躍を喜んでいました。憲法議論や法務行政まで、話題は森羅万象に渉りました。頼もしい後輩連中です。

8月24日(水) Qの会、民進党職員、全印刷セミナー、氏兼理事長、全印刷感謝の夕べ2016年08月24日

 今日は、10時過ぎにホテルを出て参議院議員会館に行き、10時半過ぎから30分強、石毛嬰鍈子さん、川橋幸子さんら「クオータ制を推進する会」の皆さんが来られて打ち合わせをしました。略称を「Qの会」と言い、26日15時半から国立女性教育会館で行われる「男女共同参画推進フォーラム」の「この秋こそ! 女性議員をふやす『推進法』を成立させよう」というワークショップのパネルディスカッションに私もパネリストとして参加するので、その打ち合わせをしました。

 11時半から2時間弱、民進党本部の職員とともに、ゆっくりと昼食懇談をしました。

 その後、暫時休憩して14時半過ぎに出て、全印刷労働組合の事務所に行きました。組織活性化プログラムで企画された本部三役セミナーの講師を依頼されており、梅原貴司委員長室に着いて暫くすると、私の前の講師の井上定彦さんが講演を終わって来られ、懇談しました。島根県立大学名誉教授で、連合総研客員研究員も務め、日本と世界の経済状況と課題に付き話されました。私とは大学同期で、60年安保の経験を共有しています。

 15時10分から、私の講演を始めました。「私の政治生活40年を振り返って」とのテーマで、90分の時間を与えられ、持て余すのではないかと心配しましたが、60年安保時代から裁判官の選択、77年の参院全国区への転身から細川内閣、民主党結成から政権交代と挫折、民進党による新しい政権交代時代の課題などと話を進めると、90分を話し終えており、質問にも答えて17時前に終了しました。その後、国立印刷局事務所にお邪魔し、氏兼裕之理事長と暫時懇談しました。

 18時から2時間半ほど、全印刷労組の皆さんによる「江田五月全印刷顧問に感謝する夕べ」に出席しました。安部正書記長の司会により、梅原委員長と氏兼理事長のご挨拶に続き花束と記念品を頂いて私が感謝の挨拶をし、乾杯からイタ飯屋さんのおいしい料理で懇談に移りました。岡山支部からは西田吉伸執行委員長が参加してくれました。あっという間に時間が経ち、私を顧問に推挙してくれた片倉利夫元委員長の締めのご挨拶と私の一言に続き最後の一本締めで終了となり、全員で記念写真を撮りました。

8月23日(火) 台風一過?、黒石さん、渋谷、上島さん通夜2016年08月23日

 今日は、朝はホテルでゆっくりして11時過ぎに出掛けると、台風一過の青空はどこへやら、厚い雨雲が居座り、時々小雨も降っていました。

 12時半過ぎにホテルを出て昼食を取り、思い付いて渋谷に行ってみました。さすがに若者の街で、大勢の若者で溢れていますが、皆さすがの暑さに参っているようです。15時前に、参院選に岡山選挙区で挑戦した黒石健太郎さんが社長をしているWILLFUに着き、黒石さんがいて暫時懇談しました。道玄坂を上って行くとすぐに左手に新大宗ビル3号館が見え、その7階にあります。学生たちは夜、ここで企業のスキルを学ぶようで、昼は閑散としていました。

 帰路、久しぶりの渋谷でハチ公を探したのですが、私が学生時代に見たところにはありませんでしたが、ちょっと探すと直ぐに見つかりました。数メートル、移動したようです。

 16時半に再びホテルを出て八王子斎場に行き、18時から1時間弱、故・上島義望さんの通夜に参列しました。奄美群島の喜界島の出身で、生涯にわたり故郷を大切にされました。1977年に私の父、江田三郎が社会党を離党して新しい旗を掲げ、すぐに亡くなった時、八王子市議を務めていた上島さんが真っ先に馳せ参じてくれ、それ以来最期まで、いかに困難な時であっても私たちを支え続けてくれた、まさに直情径行の人でした。都議を1期務めて2期目に砕け散り、その後も市議に復帰しながら体当たりで地方政治に尽くされました。参列の直前にお別れの言葉を依頼され、原稿なしで弔辞を述べました。享年81歳。合掌。

8月22日(月) 自宅発、上京、光耀展、中国青年歓迎会2016年08月22日

 今日は、9時半に家族揃って自宅を出発しました。妻と娘と孫2人は、妻の運転で鳥取市の大学生の孫に会いに、お土産満載の大きな荷物を積んで出掛けました。私は岡山駅から10時15分過ぎの新幹線で、台風の影響を心配しながら上京しました。

 新幹線には台風の影響はなく13時半過ぎに東京に着き、小降りの中を東京メトロ利用で三越本店に到着して、14時半から30分ほど、光耀展を鑑賞しました。岡山から石田宗之さんも来ておられ、河内八重子さん、寺坂公雄さんらとともにお迎えいただいて、談笑しながら秀作を鑑賞しました。ところが、その後に所用を済ませて宿泊のホテルに向かおうとすると、猛烈な驟雨となっており、16時過ぎにやっとホテルにたどり着き、やっとチェックインを済ませました。

 どうにもならず、タクシーを呼んでもらって17時過ぎに出て、18時から1時間半強、JENESYS2.0の企画の中国青年メディア関係者代表団第1陣歓迎会に出席しました。中国各地から35歳以下のメディア関係者100人弱が集まり、昨日から1週間ほどの日程で来日し、東京のほか各地で交流やホームステイなどをします。関係者の紹介の後、私が主催者である日中友好会館の会長として歓迎挨拶をし、外務省の中原地域調整官の歓迎の言葉に続いて、団長の丁小鳴さんが挨拶し、中国大使館の薛剣公使参事官の挨拶と乾杯の音頭で懇談となり、参加の若者と次々に言葉を交わして回りました。終了後に外に出ると、雨が止んでいたので、東京メトロでホテルに戻りました。

8月21日(日) JP労組支部大会、民進党総支部・五月会合同総会、孫たちと夕食、能2016年08月21日

 今日は、10時に自宅を出て、10時半から12時前まで、日本郵政グループ労働組合岡山支部の定期大会に出席しました。来賓挨拶の冒頭に指名され、長い私へのご支援と、特に先の参院選での難波奨二さんらへのご支援のお礼を述べました。私にとって、労組の大会での最後の挨拶だと思います。続いて津村啓介さんと高井崇志さんも挨拶をし、さらに地方議員の皆さんも続きました。

 14時から1時間半ほど、猛暑の中をほぼ100名の参加をいただいて、民進党岡山県参議院選挙区第1総支部と江田五月会の合同総会を開催しました。最終の総会で解散式となり、鳥井良輔県議の司会で、河原昭文会長の挨拶に続いて私が15分強、お礼を込めた挨拶をしました。その後、津村啓介さん、高井崇志さんと加藤高明さんから来賓挨拶をいただき、議事に入って両組織の解散と会計処理が了承されました。そこから参加の皆さんの発言に移り、羽場頼三郎岡山市議に促されて私の妻の京子や幼稚園時代の恩師の矢部生子さんら数人が発言してくれました。そこで、遅れて駆けつけた民進党岡山県連の柚木道義代表の挨拶をいただき、最後に羽場市議が締めくくりの挨拶をし、無事に解散となりました。

 散会後、出口で参加者の皆さんと握手をしてお別れしました。本当に皆さん、長い間お世話になりました。最後に、司会の鳥井県議と記念のツーショットを撮りました。

 娘と孫2人は朝から屋島に、源平の史跡めぐりに出掛けており、18時に彼らと岡山駅で待ち合わせ、一同でベトナム料理に舌鼓を打ちました。皆、大満足でした。20時に帰宅し、小学5年生の末の孫が主演の義経を演じる能舞台「安宅」のDVDを鑑賞しました。7月に国立能楽堂で公演したもので、そろそろ声変わり前の最後の出演かもしれません。

8月20日(土) 鮎、孫、荷物整理、夕食懇談2016年08月20日

 今日は、午前中は孫たちとゆっくり過ごし、11時前に一人で出て、買い物その他の所用を済ませました。帰ってみると、県北の親戚から天然の鮎が届いていました。岡山市を貫流する旭川の上流、真庭市月田で獲れたものです。12時半から娘と孫たちとともに昼食とし、届いたばかりの串焼きの鮎にかぶりつきました。その他には素麺と冷奴で、すべて頂き物で、有り難いことです。

 午後は孫たちにも手伝って貰って、荷物の整理をしました。17時半に自宅を出て、18時から2時間ほど、連合岡山の金澤稔会長や難波奨二参議院議員、高橋俊彦県議らと夕食懇談をしました。参院選では大変にご支援を頂いたのに、その後ほとんど意見交換も出来ておらず、久しぶりの貴重な自由懇談のひと時でした。その後、1時間少々、二次会にも繰り出しました。