9月29日(木) 前議員室、吉川さん、参院本会議傍聴、中国建国レセプション、帰岡2016年09月29日

 今日は、11時前にホテルをチェックアウトし、参議院議員会館内の前議員室に寄りました。前参議院議員による参議院協会の事務局があり、暫く職員と懇談していると、世界連邦日本協議会の塩浜さんが寄られて懇談しました。さらに12時前に、元参議院議員の吉川春子さんが来られ、戦争中の中国人強制連行被害者のことなどに付き暫時懇談しました。天龍川の上流に、ダム建設に動員された被害者らの慰霊施設があり、地域の皆さんがお世話をしてくれているそうで、私は知りませんでした。

 昼食を食べ、13時45分ころから45分間ほど、参議院本会議の代表質問を傍聴しました。前参議院議員傍聴席が用意されているのですが、もちろん初めての経験です。民進党出身の郡司彰副議長が議長席に付き、民進党・新緑風会の小川敏夫議員会長が質問しました。しかしこの席は音響が悪く、聞き取れないところがたくさんありました。その後、院内で所用を済ませ、議員会館の難波奨二さんの部屋に来ると、民進党で今夏に初当選された矢田稚子さんが質問を始めており、テレビで傍聴しました。この方が、議場の傍聴席よりずっと聞きやすかったです。

 代表質問が終わって暫く、難波事務所の一画をお借りして、デスクワークをしました。17時に出て、所用を済ませて中国建国67周年祝賀レセプションの会場に駆けつけました。程永華大使の主催で、私には日中友好会館会長としてのご案内でした。早めに着いたので、写真展を見たり曽我祐次さん、大内秀明さんら旧知の皆さんと懇談したりする内、程大使らの立礼となり、皆さんにご挨拶しました。会場では中国の伝統楽器の演奏があり、18時過ぎには大盛会となりました。少し早めに中座し、東京駅で夕食を食べ、19時半の新幹線で帰岡しました。

9月28日(水) 友好会館、安田講堂、取材、難波さん、美術館2016年09月28日

 今日は、10時半ころに日中友好会館(http://www.jcfc.or.jp/)の事務所を訪ねると、ちょうど荒井克之理事長らが打合せのところで、中国寧夏回族自治区や銀川市での植樹活動の様子を報告し、同地域でのこれまでの日本からの植林事業につき、聞いてきた情報を報告しました。日中青少年交流で植林事業を扱えるように、時間を掛けた準備が必要です。

 11時半に、久し振りに母校の東京大学を訪ねました。所用を済ませ昼食を食べ、久し振りに学内を歩いて見ました。想像をはるかに超える「古色蒼然」振りで、驚きました。それでも安田講堂は威容を誇っており、通りかかった学生さんにシャッターを押して貰いました。

 その後、参議院議員会館に行き、15時から30分強、民進党の新体制に関し報道の取材を受けました。さらに、参議院内閣委員長に就任した難波奨二議員と、暫時懇談しました。

 17時前に別れて、日中友好会館に寄ってみると、会館美術館での中国関係の展覧会の開会日で、関係者が懇親会を行っており、日中交流協会の黄実会長と写真を撮りました。

9月27日(火) 白彼岸花、事務所来客、執務、木口さん、天神山(墨騰展、竜墨展等)、上京2016年09月27日

 今日は、9時過ぎに自宅を出発前に、ちょっと気になって庭を見ると、白い彼岸花がすっかり終わっていました。庭の花を愛でる余裕もないまま、この数週間を過ごしてしまいました。反省します。

 10時前に法律事務所に着き、所長の江田剛弁護士と一緒に出て、若干の所用を済ませて戻ると、馴染みの弁護士さんが訪ねてきてくれ、暫時懇談。さらにデスクワークなど。12時半ころ、みんなで昼食を食べに出ました。

 15時前に事務所を出て、近くの天神山文化プラザ(http://www.tenplaza.info/)に展覧会を見に行く途中で、烏城彫りの木口省吾さんのお宅に寄ってみると、ちょうど在宅で、久闊を叙しながら天下国家のお話を聞きました。高校の大先輩です。

 15時過ぎから1時間強、天神山で展覧会の梯子をしました。フォーティーン支部写真展、玄画会展、梅操展とまわって、ご案内をいただいていた墨騰会書展と竜墨書道会展に着きました。それぞれを主宰される指導者の松嶋碧山さん、片山竜篁さんもおられ、楽しい会話が弾みました。

 16時半ころ事務所に戻ってデスクワークを続け、18時過ぎに出て岡山駅で夕食を取り、19時過ぎの新幹線で上京しました。

9月26日(月) 事務所業務開始2016年09月26日

 今日は、9時15分ころ自宅を出たのですが、雨と月曜日が重なったせいか、渋滞が遅くまで残っており、蕃山町の江田法律事務所に着いた時には10時を少し回っていました。すぐに江田剛所長弁護士とともに出て、近所近くなど数件の挨拶回りをしました。

 その後、デスクワークをし、12時過ぎに事務員とともに銀行に行って口座の整理を依頼しました。しかし、私も事務員も慣れておらず、依頼間違いがあったようです。昼食は、おなじみの番長文庫に寄りました。

 14時ころから、書籍の整理に取り掛かりました。お祝いに駆けつけてくれた皆さん、お花や祝電を下さった皆さん、本当にありがとうございました。書棚を見ると、私の方はカビの生えそうな古文書ばかりの古色蒼然図書館、剛所長の方は極彩色豊かな流行の書店の陳列棚のようでした。江田事務所スタッフらが駆けつけてくれ、妻も加わって18時にはほぼ終了。明日からは、仕事が来るのを待つだけですが、さあどうなりますか。

9月25日(日) 学区運動会、事務所開始前日、ももちゃんら2016年09月25日

 今日は、8時半から、居住している旭操学区民の大運動会に出席し、開会式の中で紹介されて長くお世話になったお礼の挨拶をしました。今年は第38回ですが、私たちが引っ越してきて35年ですから、学区創立のほぼ当初からお世話になっています。ラジオ体操を一緒にして体をほぐしました。白菊保育園の園児たちの鼓笛隊が、大変元気でした。

 それから自宅に戻り、9時半ころに出て、業務開始前日の法律事務所に行きました。私の訪中中に荷物は既に運びこんであり、それでも判例時報のバックナンバーをすべて順番に本棚に収めるのに18時前までかかりました。15時には妻の気遣いで、江田剛所長弁護士と2人の事務員とともにお茶にしました。

 日が暮れたところで切り上げ、18時半から1時間半ほど、ももちゃん、一生君とママと一緒に夕食。パパはまだお仕事でした。一生君はずいぶんものが言えるようになりました。

9月24日(土) ホテルの朝、銀泉空港へ、北京空港へ、羽田空港へ、自動化ゲート、帰岡2016年09月24日

 今日は、帰国です。8時に朝食を済ませ、荷造りをして9時過ぎにチェックアウト。悦海賓館は、巨大な本館のほかに別荘のような多くの別館があって、私のところも居室4室と大広間があって、食事はルームサービスです。緑に包まれ、朝は小鳥の鳴き声のほかは何も聞こえず、静寂そのものです。

 雲一つない青空に威容を誇る悦海賓館に別れを告げ、10時半前に銀川空港で手続きをして見送りに来てくれた寧夏自治区政府の馬力副主席らにお礼を述べて機内へ。1時間半強の順調な飛行で12時ころに北京空港に着き、空港内で昼食を掻き込みました。北京は、雲一つない空ですが、淀んでいました。大気汚染でしょうか。終始お世話をいただいた中連部の史趙倩さんにもお別れして、15時前の便で羽田空港に発ち1時間の時差で19時ころに帰着しました。

 19日に羽田空港で北京便に搭乗するところからタブレットが使用不能となり、フェイスブックも中国では活用不能で、結局本日19時過ぎに羽田空港に帰り着くまで、ネットはインタネットの活動日誌だけになりました。羽田空港では自動化ゲートの場所が、確かに掲示はしてあるのですが直ぐに目に飛び込むところになく、職員に聞いてやっと分かりました。しかし今度はパスポートを押し当てても反応がなく、尋ねようにも職員はおらず、やっと来た職員は私が慣れていないのが悪いと言いたげな対応で、器械は指紋になかなか反応せず、つい声を荒げてしまい申し訳ありませんでした。次回からはこんなことのないようにしますが、職員の皆さんも、初回の人をもっと大切にした方が、後々よりうまくいくと思います。

 その後、京浜急行で迷いながら品川に着き、最終の一本前に切符を変更して、帰岡しました。寧夏回族自治区の銀川空港を出て北京経由で羽田に着き、京急で品川へ、そして新幹線で岡山へ、かなりの長距離旅行で、北京・羽田は往復ともエコノミー、最後の新幹線での夕食は牛タン弁当でした。23時半過ぎに岡山駅に着き、妻が迎えに来てくれて、自宅に着いたのは24時ちょうどでした。

9月23日(金) 貧困脱出、特産館、醸造所2016年09月23日

 今日は、周辺地域開発の見学でした。朝食後、8時半前に私の車を先頭にして車列で移動し、閩寧鎮を見学しました。福建省の資金と技術の力と寧夏回族自治区の行政力で、不毛の地に計画を作って区内の最貧地域の皆さんを移住させ、一家に牛4頭、ブドウ1面積と太陽光発電一家分を与え、一年頑張れば報奨金を出す措置を始めました。10数年後の今では、誰も脱落することなく、貧困から脱出しているそうです。巨大なグリーンハウスと太陽光発電施設、ラズベリーの畑と生産物などを見て歩きました。

 ホテルに戻って昼食と暫時休憩の後、14時に出て、寧夏特産館を見学しました。品質の良い枸杞が著名で、加工品もたくさんありました。ワインも有名です。

 次にワインの醸造所を見学しました。1892年に華僑として働いて得た資金で張弼氏が山東省に醸造所を作り、成功して大きくなりました。そこで2012年にドイツのモーゼルワインの15代経営者と協力し、銀川に張裕・第15代モーゼルワイン醸造所を作り、発展しています。この地域は地中海気候と条件が似ており、ワイン用の葡萄の生育に適しているそうです。高総経理に細かく案内していただき、本格的な試飲の仕方も体験させていただきました。18時半前にホテルに戻り、すぐに夕食となりました。明日は、帰国の旅です。

9月22日(木) 閉幕式、挨拶、記念植樹、昼食会、砂湖湿地保護区、記念公演2016年09月22日

 今日は、寧夏回族自治区銀川で行われた国際平和デー記念活動の2日目で、午前中に閉幕式が行われました。朝食後、8時40分にホテルを出て会場に向かい、特別の儀式はなく、9時からか開会となり、昨日の開幕式に続いて行われた第1ないし第3分科会の議論をまとめた発表がそれぞれありました。その後、私が指名されて英語で数分の挨拶を行いました。今朝もチェックしたのですが漏れがあり、演壇上で気が付いて即席で訂正したりしましたが、無事に終わってホッとしました。その後、中国側の主催者2名から閉幕の挨拶があり、10時過ぎに無事に閉幕式も閉会となりました。

 一度ホテルに戻って着替え、10時40分に出て森淼生態公園に向けて車列で出発しました。広大な自然公園に国際平和林の区画を設けて記念植樹をするという趣向で、開会式に続いて「国際和平林」という石柱の除幕式があり、私も参加しました。次いで各国からの代表団の植樹があり、私には松が用意されていて、寧夏自治区政府の王副主席と一緒に土を掛けました。その後、全体を見て回りました。

 12時から同公園内の洒落たログハウスで同じ自治区政府の馬力副主席主催の昼食会があり、この地域の産物を腹いっぱいご馳走になりました。13時半に終わって砂湖湿地保護区に向かい、1時間強のドライブで現地について案内していただきました。この地方は乾燥していて砂漠が広がっていますが、水深の浅い湖も併存していて、この調和に注意を払っています。まず湖を見て、「鳥の島」という鳥類の保護施設を見、さらにらくだに乗って砂漠を歩きました。両足とも曲げて座り込んだらくだに跨るのですが、立ち上がる時が大変で、後ろ足が立ち上がった時は前のめりになり転がり落ちそうになりました。

 16時に現地を離れて17時にホテルに着き、18時過ぎから夕食を食べて、20時から1時間半、寧夏大劇院での国際平和デーを記念するパフォーマンスを見ました。急ごしらえだったと思いますが、歌に踊り、二胡に太鼓、雑技に子どもたちの出演と、多彩な出し物が続き、満足し感動しました。

9月21日(水) 李副主席、記念写真、国際平和デー開幕式、寧夏博物館、馬副主席会見、西夏王陵、記者会見、晩餐会2016年09月21日

 今日は、大忙しでした。朝食後、8時20分にホテルを出て、8時半過ぎから李源潮国家副主席との会見に向かいました。と言っても私たちも立ち話のみで、9時前から国際平和デー行事の参加者全員で李副主席と一緒に記念写真を撮りました。次いでそれぞれ所定の席に座り、9時から10時半前まで、各国の参加者らの基調演説がありました。馬全国政治協商会議副主席、寧夏回族自治区政府の咸主席、スリナム国民議会のシモンズ議長、国連北京事務所代表、エクアドル国会副出席、トンガ議会議長といった面々で、私は明日になります。

 10時半前に開幕式が閉会となり、ご案内をいただいて寧夏博物館を訪ねました。この地域の厳しい自然環境の中でいかに人々が苦労を重ねてきたか、その中で回教がどういう役割を果たしているかなどが、生き生きと展示されていました。

 その後、ホテルに帰って明日の原稿に最後の手を入れ、12時から30分弱、全国政治協商会議の馬副主席らとの単独会談を行いました。中国側の厳しい主張もありましたが、全体的には友好の雰囲気に溢れた階段でした。続いてホテルに戻り、昼食。

 14時に再び出て、1時間弱のドライブで西夏王陵を見に行きました。ひたすらだだっ広く、高速道路もまっすぐ走っているだけでした。まず学芸員の皆さんに各種の展示を説明して貰いました。日本では平安時代でしょうか、200年弱続いて独自の文化を花開かせた王国ですが、モンゴルに滅ぼされました。西夏文字にはびっくりしました。その後、陵まで歩いて見に行きました。

 ホテルに帰り、17時から40分強、中国の中央と地方のマスコミの皆さんの取材を受けました。4人の質問者が全員女性で、頑張っていました。18時15分から1時間半、歓迎晩餐会に出席しました。大変な賑わいで、日本からも村山談話を継承・発展させる会の皆さんなど、大勢がご出席でした。

9月20日(火) 濱海フォーラム、北京空港へ、原稿書き、銀川空港へ、劉副部長夕食会2016年09月20日

 今日も、大車輪の活動でした。8時過ぎまでに朝食を済ませ、さらに昨日大慌てで書いた英文のスピーチ原稿に手を入れ、8時15分にチェックアウト。いよいよ北東アジア平和発展濱海フォーラムの開始で、まず8時半から貴賓扱いをされる私たち10人ほどが、別室で主催者側の主要メンバーと挨拶を交わしました。次いで9時から開幕式が始まり、主催者の中国国際問題研究基金会や中国人民対外教会を代表する立場の人と、外国から参加の著名人らの挨拶が次々と続き、私も9時半過ぎに指名されて英語で5分程度のスピーチをしました。事前予告が全く不十分で、昨日の飛行機と車の中で無理やり仕上げたものに今朝、若干の手直しをしたものですから、咽喉は乾くし時々舌を噛むし、冷汗三斗でした。終わると直ぐに中座で、この後に続く記念写真には参加できませんでした。

 そこから9時45分ころに北京空港に向けて出発し、車の中で次の銀川での英文発言原稿の作成に取り掛かりました。北京市街の車両が北京市域に進入するには通行証が必要なのだそうで、運転手が手続きのために下りて行きました。12時ころにやっと到着し、私の原稿もほぼ完成しました。英文タイプでこんなに根を詰めた仕事をするのは、多分英国留学時代にもなかったと思います。

 北京空港には、今回の寧夏回族自治区の銀川で開催される国際平和デー記念イベントを主催し同行してくれる林攦さんや寧夏自治区政府の左軍副主席らが迎えてくれ、時間がないので待合室でお弁当を食べました。やがて搭乗となり、13時半前に出発して2時間余の飛行で銀川空港に着き、高速道路を一路銀川へ。立派な道路で、20年前に造られたそうです。黄河の中流を渡り、やがて悦海ホテルへ。立派なホテルで、林さんらと詰めた日程の打ち合わせをしました。その後、18時半から1時間半弱、中国共産党中連部の劉洪才副部長主宰の夕食会で、地域のごちそうをいただきました。